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■ 沖縄情報

【 シーサーについて 】


シーサーとは、沖縄で魔除けの獅子のことをそう呼びます。
そのルーツは、エジプトのスフィンクスが起源ではないかと言われていて、琉球王国の大航海時代(14〜15世紀)に、エジプト、中近東、シルクロードを経由して、中国から琉球(沖縄)に伝わったものと考えられているそうです。
沖縄での、記録上もっとも古い資料は、首里城の円覚寺跡放生橋の欄干の記銘だそうです。
それによると、この石橋は1498年に建造されたとあり、その欄干に獅子像が一対施されています。

石質や彫刻法から中国製と見られるこのシーサーは、同時期に造られたとされる、第ニ尚氏王統の陵「玉陵(タマウドゥン)」の屋根上に立つ対の獅子も石質・モチーフは同じようになっているとのこと。
玉陵の石獅子は、紐がつく毬にたわむれる雄獅子と子獅子をあやす風情の雌獅子の対で、先日描いた、首里城の正門「歓会門」に立つ対の石獅子は戦前の写真で見る限り、雌雄不明だそうです。ともに開口。
首里城正殿の屋上の棟先に取り付けられた面獅子は向かって右が開口、左が閉口。龍柱も同じようです。

シーサーを据える目的は、権威の象徴、火伏せ、悪霊返し、及び装飾的なものと多様です。
17世紀後半、沖縄本島南部の、東風平町の富盛という集落では、たびたび起こる火事に悩まされていました。そこで、石造りのシーサーを作り奉ったところ、火難から逃れ火災が起きなくなったそうで、そこから、シーサーは沖縄本島、離島へと広まっていったようです。
長い年月の中、沖縄の風土、習慣、民族性、富盛の火伏せなどと混わり、元来、権威の象徴であったシーサーは、今日では権威の象徴の他、家の守り神、魔除けの神として、また、除災招福を導くものとして、屋根の上や玄関、装飾用、土産用の置物として、皆から愛されるようになったようです。

シーサーの置き方は、口の開いたシーサーを向かって右側に、口の閉じたシーサーを向かって左側に配置するのが普通だ。
シーサーにも雄雌があり、口の開いたシーサーが雌で、福を招き入れ、口を閉じたシーサーが雄で、あらゆる災難を家に入れないとされています。
口を開いているのが威厳が高く強そうだと言うことで、口を開いているシーサーが雄だという見方もありますので、雄・雌については、よく議論される所です。
口の開閉は、あらゆる物事の「阿吽」の形態ともいえるでしょう。これは、よく神社などの山門にある、仁王像と一緒のようです。

屋根に獅子を置いて魔よけとする風習は、民間に限ってみれば古くないようです。
それも当初は、瓦を葺き漆喰を塗る職人が制作したもので、一般に瓦葺きが許可されるのは明治22年、漆喰製から陶器製に変わるのは明治後期以降、門柱やコンクリート製住宅にシーサーが設置されるようになるのは、1960年代あたりからのようです。
マスコット的なシーサーのお目見えは21世紀も程近い、近年のことだといえるでしょう。
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